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「犬歯」

私は犬歯が擦り切れている。本来あるべき尖りがない。歯科医師曰く「人生の早い段階ですり減っているのは望ましくない。これからあとx十年使うのだから」と話してくれた。歯軋りが原因だ。

都から「無料で歯科検診」の案内が届いた。長く行っていない歯医者にいき、問診で思い出したように「歯軋り」のことを持ち出した。

私は歯軋りを自覚できておらず、旅行先で家族と寝室が一緒のときに指摘されて初めて知った。言われてみれば、私の下の歯は上部が欠けていて、指で触ると割れた部分を感じることができる。

「犬歯の摩耗」は記号的だと思えた。臨床的に正確ではないと思いつつ、長い間、外に出せない苦悩を抱えてきたことを象徴していると直観した。

それに、内面の葛藤なんて、他者になかなか証明できるものではない。自分だけが、取るに足らないありふれたことで、被害者意識を募らせ、引きずっている滑稽な存在なんだと思っていた。何年も、その内面の葛藤を消し去るべく、1回に5,000円も8,000円もするようなカウンセリングを、無料かのように予約し、何冊も手掛かりになりそうな本を買った。

「適切な対処法」に自分で到達しているのに、なんで状況は好転しないんだろうと思っていたところだ。「犬歯の摩耗」があって良かったとすら思った。私が抱く混乱が正当化された気がした。「こんなに苦しいんだ!」と訴えかけるより、「苦しさのあまり歯がすり減ったんだ」と話す方が、相手に「それはお前の気の持ちようだ」と言われなくなる、こんなことを想像している。

私にとっても、心の痛みという捉え所のないものを根拠にするより、私の口内に生える歯を立ち所にしたほうが遥かに楽なのだ。